夏姫たちのエチュード
          〜789女子高生シリーズ

           *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
            789女子高生設定をお借りしました。
 

 全国的に酷暑の話題で塗り潰された格好の盛夏も、さすがにそろそろ次の季節への移り変わりの頃合いを迎えるものか。朝晩は多少ほど、その熱を下げ始めたし。たそがれ間近になろうものなら、足元の何処かから、まだまだ幼いそれながら、りいりいという秋虫の声が聞こえ始めてもいて。

 「夏休みも終わっちゃいますねぇ。」
 「そだねぇ。」

 ちょっぴり名残り惜しげな言いようをする ひなげしさんの赤い髪を、晩夏の陽射しが目映く照らす。この夏もいっぱい遊んだのにね。終わっちゃうんだと思うと、何て短い夏なのかという寂寥の想いがふつふつと。仲のいい この三人で、海へ山へと あちこちへ出掛けたし、学会に出るついでに元気な孫娘に会いに来た、平八の祖父、工学世界の大博士にもお逢いして。ずんと気の若かった お爺様のリクエストにお応えし、取材記者や取り巻きの学者の方々を振り切ってのお忍びで、あのネズミー・マリーナを堪能しもした。

 「普通に行くより面白かったですよねvv」
 「……vv(頷、頷vv)」
 「久蔵殿とシチさんがダミーになってくれての、
  秘書さんたちとの壮大な追いかけっこにもなったし♪」

 さすがに ちょっぴり叱られもしましたがと、そろって舌を出すお茶目なところもお揃いのお嬢さんたちであり。

  ……って、相変わらず 何をやっているのだか。
(苦笑)

 久蔵のご両親が経営するホテルを定宿にしている、来日中のハリウッドスターへの歓迎の花束贈呈はいつものことで。愛らしい少女ら3人のうち、特に…金髪に玻璃玉のような双眸という、いかにもな風貌の七郎次や久蔵へは、ネイティブな英語で話しかけられてしまうことが多くって。あわわとドギマギしているところへ、平八が大急ぎで即妙に通訳する、何ともコミカルなやりとりが…何故だか大受けするのもまた、いつものことだったりし。
(笑)

 「…Mr.○○○が。」
 「あれが楽しいから?」
 「………。」
 「次回作のお披露目に また来るって?」
 「………。///////」
 「おもしろい人ですよね、見た目怖いのにvv」
 「こらこら。」
(大笑)

 浴衣を着て花火も見た、縁日にも行った。そうそう、出店の射的競争では、シチさんとゴロさんの一騎打ちになっちゃって。

 「あれはシチさん、ゴロさんへ花を持たせましたね。」

  そんなことないですよぅ。
  いやいや怪しい、三味線 弾きましたでしょ?

 「?」
 「あ、えとあのですね。」

 いきなり楽器が出て来て、意味が判らずキョトンとしてしまう久蔵へは、

 「タイムを争うレースの予選なんかで、
  手を抜いて、流して走ることをそう言うそうですよ。」

 平八が要領よく説明してやってから、そもそも勘兵衛さんが遅れて顔を出した途端に、連続して外すなんて わざとらしすぎます、と。これは七郎次へ、つけつけと言い足して。

 「さてはか弱いところを見せたくなりましたか?」
 「〜〜〜〜。///////」

 マーガレットの造花のついたカンカン帽の縁、長い爪をフレンチ風に白とピンクに染めた指先で少しほど引き下ろし。下に着たモノトーン柄ワンピが透けるほど薄手の、黒地のオーガンジーの丈長カーディガンの襟元へ、細い顎先を埋めるほどうつむいてしまった七郎次。違うものと ごにょごにょ言い返すものの、その煮え切らない態度からして怪しいというもの。他のことでは凛と胸を張っての歌うようになめらかに、若しくは 自信満々の快活に、声を張って語る白百合さんが。こと、誰かさんがらみの色恋模様に限っては、判りやすいほど もじもじした態度になってしまうのが、いかにも純情そうで、

 “可愛らしいったらありませんよねvv”

 こちらさんは ウエストカットのボレロを重ねた、エスニック柄の更紗のワンピースの裾を、下にはいてた膝丈のスパッツがチラ見えするほどひるがえし。少しほど小走りになって前へと回って、連れの二人をわざわざ振り返った平八が、

 「何も意識しなくたって、
  シチさんは素のままで十分可愛らしいんですのに。」

 楽しそうに言ってから、その白百合さんのお隣に並ぶ、やはり色白なお友達へ“ねぇ?”と同意を求めれば、

 「…♪(頷)」

 鋭角な切り替えの利いた、つぎはぎデニムのタイトミニに、下に重ねたオレンジの七分袖カットソーが襟ぐりや袖から覗く、ランニングタイプのサマーニット。どこかマニッシュ・ラフな恰好をした、紅バラ様こと久蔵もまた、その目許をわずかほどたわませて頷いたのだが。

 「うあ、そこまで嬉しそうに応じますか。」

 そちらはそちらで、揶揄じゃあなくの褒めてるレベルで認めているとの意が、彼女らには“ありありと”伝わるところが、これまたおさすがな、お付き合いの濃さ深さよ。お熱いことだと呆れたのが平八ならば、

 「う〜んと。////////」

 褒めてくれたのは嬉しいんですがと、七郎次が面映ゆげに照れ笑い。島田勘兵衛という年上の恋人への、ヲトメな反応がどうこうとの話をしていたはずが、そんな主旨なぞ あっと言う間にどこかへ吹っ飛んでっており。それこそが目的だったのならば、

 “久蔵殿もなかなかの策士になって来たなと、なるところなんですが。”

 そうじゃあないんですものね、天然さんには敵いませんと。一見、いかにも凛々しい風貌をしていながら、そちら様もまた、やっぱりかあいらしいお友達へ、微笑ましいことよという苦笑をこそりと零しつつ。

 「さ、混み合い出す前に快速に乗っちゃいましょう。」

 今日は、日頃の遊び場としてお馴染みにしている、某駅近辺のプラザモールからは少しほど離れたところまで伸していた彼女らで。七郎次の親戚のご一家が、急なご事情から海外へ住まいを移られることとなったのだが、この春からアビシニアンの仔猫を飼っておいでなの、忙しくなるので満足に世話をしてやれそうにもないとのことで。それじゃあウチで預かりましょう、落ち着かれて盆暮れにでも戻って来られるようになったなら、いつでも逢いに来ていただけますし…と話がまとまり。当の仔猫さんはどんな器量良しさんなのかなと、仲良し3人で“どれどれ”とお互いの顔見せとばかり見に行った帰り。春生まれの半年仔で、赤みのかかった金色の毛並みが見事だったその仔は、

 「何か久蔵に雰囲気似てませんでしたか? あの仔。」
 「そうそう。姿もだけれど、人見知りする甘え下手なところとか。」
 「〜〜〜。///////」
 「あら、だって。」

 初見だったから仕方がないとはいえ、客人らへはあんまり愛想も振らぬまま、家族の手元へばかり逃げ回っていたものが。帰り際になって、久蔵の足元へやたらと じゃれたり擦りついたりしてたじゃないですかと、平八がズバリという指摘をし。あのご執心ぶりはなかなか妬けましたよねぇと、七郎次が苦笑する。そして、

 「〜〜〜〜〜。////////」

 あとで兵庫せんせいから聞いた話、実は久蔵、小さい頃からこの方、同世代の人間のお友達には恵まれなかったが、動物には懐かれまくりなのだとか。カナリアに始まり、普通に飼っていた仔猫や仔犬のどれもが、小さなお嬢様が在宅中は、その傍から片時も離れなかったとかで。ホテルのレストランやロビーの喫茶コーナーのスィーツにと、質のいい牛乳にこだわる牧場との独占契約を結んだおりも。その牧場で一番気難しい お局(?)乳牛とやらが、まだ小学生だった無口な久蔵お嬢様に、そりゃあ懐いたことへと牧場の方々が感動なさったからだそうだし。

 『ただ甘えて懐くっていうのじゃなくてだな。』

 どんなハンドラーやトレーナーでもこうはいかないほど、姿勢を正して、あるいは優雅なポーズでのお行儀よく、その傍らに侍る彼らだというのが ただただ異色。獰猛で鳴らした闘犬チャンプの土佐犬が、まだ学齢前だった彼女からキロッと一瞥されただけで、あっさりとお腹を見せて降伏したこともザラという、覇王伝説が数多あるほどというから物凄い。(おいおい)

 『……それって“格上(ボス)”として見られたってことでは?』
 『頼もしいだろう。』

 そこで自慢げに胸を張った、兵庫せんせも せんせだが…それはともかく。
(苦笑) そういうお出掛けからの帰り道。宿題はどのくらい消化してますか? えっとぉ、こないだ分担分を突き合わせたギリシャ神話の英訳と、世界史のレポートは仕上げ済みでしょう? 読書感想文は…。ヘイさん、それも言うなら“読書レポート”。一緒じゃないの、どっちでも。

 「数学の問題集は?」
 「ううう、まだ半分も。」
 「……。」
 「え? 久蔵、全部済ませたって?」
 「うあ写させてvv」

 明るい髪色やファンシーな服装は、今時の高校生には特に珍しいものでもなくて。危ういほど細いかかとのミュールやサンダルでの、爪先立ちのままのような足元にも怯まず。丁度 今時分にひらはらと舞い飛ぶのを見かける揚羽蝶のような軽やかさで、屈託のない話をしつつ彼女らが通りかかったのが、大通り沿いの繁華なスポットからは微妙に遠巻きになっている、地元の方々の方が多く利用していそうな、落ち着いた印象の商店街の通りだ。夕刻間近という時間帯だからか、来たときよりも人の数は増えており、そんなせいで“あらこんなところにお店の並びがあったんだ”と気づいたくらい。テラコッタを模したレンガ敷きの舗道が誘
(いざな)う先には、半階ほどの段差の下に小さめの広場があって。商店街の集会所か何かがありそうなビルの前には、階段を客席に見立てての小さなステージにも見えなくはない空間が空いており、そこにちょっとした人だかりが出来ているのがちらりと見えた。この、人影の多さは、その集まりが原因でもあるようで、

 「……あ。この歌、知ってる。」

 さほど けたたましいという音量でもなく、ビートの弾ませ方もただただ軽やかに。正しく“軽音楽”という雰囲気の、小気味のいいバンドの演奏がそこから聞こえており。

 これって、れべっかでしょ?
 うん、聴いたことあるvv
 あ、次は ほわいとべりぃだ。
 ……………。
 え? 違うの? 久蔵。
 違わないよぉ…って、あ・そか。
 じったりんじんって人たちの曲のカバーではあるか。

 ヘイさんたら詳しいと、白百合様が感心すれば。久蔵の方が凄いって、オリジナルの方を知ってるんですものと、口数少ないお友達の白い横顔を眺めやる。ちょっぴり昔の、いわゆるプチ懐メロをメドレーでつないだ、リミックスVer.というところだろか。女子高生の彼女らでも、何とか聞き覚えのある鉄板級のヒット曲を次々に紡いでいる演奏には、やはり聞き覚えのある曲なのへと関心を引かれてか、通りすがりの方々がついつい足を停めてしまうのらしく。時折、ボーカルギターの奏でるメロディラインが、微妙に危なっかしくもつれかかるのもご愛嬌。歌ってもいるらしいのだが、そこは騒音になるからという配慮かマイクは使ってないようで。近づいてやっとそれが判ったほどに、まだまだ声量はか細いのも道理。なんとこちらの3人娘と余り変わらぬ年頃の、女子高生らしき4人組の少女らによる演奏だったのがやっと垣間見えたから、

 「うわぁ、凄いなぁ。」
 「そうですね。お上手だし、楽しそうだ。」

 どの少女もさほど体格がいいわけでもないので、中身の詰まったそれはさぞかし重いだろうエレキのギターを、それぞれの腕へと抱えていて。とはいえ、そんなことは欠片ほども苦行ではないものか、巧みにコードを操っては、お馴染みのナンバーを奏で続けるミューズたちであり。可憐な足元が軽快にステップを踏み、全身でリズムやビートを刻んでおり。後背のビルが一階部分の戸口へシャッターを下ろしているものだから、そこを背景にした広場はちょっとしたライブ会場のようでもあって。そんな場所だから、特に出入りの邪魔にもなってはおらず。集まってた聴衆の方々もそれぞれがにこにこと楽しそうなので、余程に気持ちのいい演奏なのだろう。

 「おねえちゃん、つぎ、はがれんのおうた。」
 「ふぇあり・ているの新しいのがいい。」

 そんなリクエストをする幼い声も飛び、いきなりのフェイントへ“あちゃあ”と困ったようなお顔になるのへかすかに笑い声も沸き立つが、

 「……………あ。」

 すぐ前の某相川さんの曲から上手に流れを持ってって、これもガールズバンドの 醜聞(英訳)さんたちの曲を奏で始めれば、わあとお子様たちが歓声を上げた。

 「凄いなぁ。
  微妙にキーボードさんのパーカッションドラムが置いてかれかけたけど、
  ちゃんとリク通りの曲なんだ。」

 急なタイトルを振られても即妙に応じられるほど、レパートリーが多い彼女らであるらしく。お揃いの、何のだかよく判らないロゴ入りの白地のTシャツに、学校のだろうか、トレーニングパンツという地味な恰好なのもまた、清楚で健康そうということで少しほどお年を召した方々からも好感を得ている模様。カンパ用のおひねりを集めるための、箱やらギターケースやらを据えてもないし、ライブか何かの宣伝らしきチラシも見えずで。お客を前にしてもあがらないようにという練習なのだろか?…と。演奏の心地よさについつい惹かれ、足を止めた3人娘が……ふと気づいたのが、

 「……気のせいじゃなければ、あのジャージはウチのガッコのじゃない?」
 「うん。赤だから一年のだ。」

 ジャージとそれから、セーラー服や冬用のコートの襟なぞにほどこされている、校章の刺繍とへ。紺と緑と赤、このカラーをぐるりぐるりと回して、何年生かの見分けにしている女学園なので。一瞥でそれが判ってしまうあたり、さすがは学校指定体操服の威力の恐ろしさ…じゃあなくて。

 「じゃあ…あの子たち、ウチのガッコの子なんだろうか。」

 軽音楽部ってあったっけ? さぁて。文化祭で有志が集まって、ライブっぽいことをしはしますが、部として成立しているという話は聞いたことがないような。そんなやりとりをする七郎次と平八の傍らで、

 「…知ってる。」

 ぼそりという声を放ったのは誰あろう、

 「え?」
 「久蔵?」
 「キーボードに誘われた。」

 何かしらの課外活動へ参加せねばならないという原則をギリギリで守ってのこと。バレエの練習をどうしても優先したいのでと、毎日出られないという条件を飲んでいただいて、合唱部の伴奏係をしている久蔵お嬢様なのを一体どう解釈したのやら。そんな“特攻”アプローチを仕掛けた下級生たちだった……らしいのだが、

 「でも、キーボードって…。」

 持ち運び出来るタイプのだが、結構な音のサンプラーを蓄えた、なかなか強わものなそれを弾いている子がちゃんといるのに?と、平八が小首を傾げて紅バラ様を振り仰げば、

 「ドラムを、したいそうだ。」

 シンセサイザーへの入力で、ドラムやビートも刻めるが、それだと演奏中の自在な“魅せる”アドリブに限界があったり、何より音に迫力が出ないので。場の盛り上がりを見て、サビの間などの見せ場に生演奏でのそれを入れたいが、今の4人だけという頭数で、しかも一人が“鋭意勉強中”で 今はまだ楽器がダメという陣営なので、

 「それで、俺に“キーボードをやりませんか”と、」
 「……勧誘されたの?」

 ぼそぼそぼそ…と、訊かれるままに綿々と綴っての後、こくり頷く久蔵だったのとほぼ同時。丁度 曲の切れ目になった向こう様が、人垣越しにこっちへ気がついたらしく。わあという無邪気な笑顔になったのがほぼ同時。いかにも…可愛らしい後輩さんたちが、敬愛する先輩にお逢いしたという時の表情だったので。こちらのお姉様がたには重々覚えがあった光景だったものの、

 「……凄いな、怖いもの知らず。」
 「土佐犬も平伏さす女王様なのに。」

 こらこら誰ですか、これは。
(苦笑)

 「仔猫や仔犬は、無邪気に懐くぞ。」

 ご本人まで…珍しくしゃべると思ったら何言ってますか。
(大笑)

 「でも、楽器がダメな子って…。」
 「うむ。」

 四人全員がちゃんと、それぞれの手に楽器を持っている彼女らであり。

 「…サキソフォン。」
 「あ、そか。」
 「? 何なに?」
 「ですからね、」

 堅苦しいクラシックじゃああるまいし、いわゆる“ロックバンド”には、原則、どんな楽器を持ち込んだって構いはしないようなものなのだが、

 「管楽器は、どちらかというとビッグバンド向きですものね。」

 同じ“軽音楽”でも、スウィングとかジャズとかを演奏するバンドに付き物なのが、サキソフォンやトロンボーン、クラリネットにトランペットという管楽器。別段、交ざっちゃいけない法はないが、ロックへ特化したいなら、むしろリードギターをもう1本増やした方が得策だろう…と感じた、そちらの方面にも多少は馴染みがあるらしい久蔵や平八だったというワケで。

 「詳細は、映画の“スウィング・○ール”あたりを参照ってトコでしょかね?」

 おいおい、ヘイさんや。
(苦笑) お顔こそ こちらに気づいたお嬢さんたちの方へと向けていて、しかもにっこりと極上の“お姉様スマイル”をたたえていつつ、そんな素っ惚けた会話をこそこそと同時進行で交わせてしまえる、猫かぶり女神様たちの二面性の巧みさよ。

 「三木先輩っ、」
 「あ、草野先輩も。」
 「あのあの、林田先輩、こんにちは…」

 それぞれの楽器を手早くケースの上へ置き、いち早くこちらへ気づいた視覚にその身もとっとと追いつかせたいという、ほのかな焦れったさを微かに滲ませながら、こちらへと駆けて来かかった彼女らだったが、

 「……じゃねぇかよ。」
 「まぁたバンドごっこか、お姉ちゃんたち。」

  ………え?、と

 人垣からは離れていたこちらへもその棘々しさが届いた、いかにもな威嚇の罵声。ざわっと空気が波打って、触れるのもイヤと避けてのことだろ、人々が さささっと退いてゆく波間を、肩で風切り、ずかずかと不躾にも彼女らへと歩み寄ってゆく数人の人影があり。早くも届いたか、アンプへ容赦なく蹴りを入れて見せる乱暴さへと。はっとした少女たちが足を止め、前にいた子の肩に怖々とすがる子もいれば、怖いもんですかとキリリと鋭いお顔をし返す子もいるものの。

 “まずいな。”
 “うん。”

 注目を集めていることへのやっかみか、それとも面白半分からか。彼女らを脅して蹴散らそうというのがありありしている集団の登場だというのが、これまた手に取るよに判るこちらさんたちであり。しかも…もっと判りやすかったのは、

 「あ・これっ、久蔵殿っ。」

 揮発性の高い“危険”の香を、しかも彼女にすれば知り合いの後輩に向けられて。それを黙って見過ごすのは無理だったらしく。ちょっと待てと、素早く…肩でも二の腕でもいいからと捕まえようとした七郎次と平八の手が空振ったのは、制止されることをも見越した彼女だったからかも知れず。

 “だって、今 一瞬だけ不自然に、腕が先へ避けてましたし。”

 ほほお…って、そこまでお互いを読み合ってますか、お三人。何しろ、もっと過激な時代に生きた“過去”の記憶を共有している彼女らでもあったので、腕に覚えがある身だとの自負も高けりゃ、お互いがどういう気性なのかの把握も抜群だったりし。紅バラ様こと、久蔵は、前世も今とさほどに変わらぬ、冷静にして寡黙で、余計な騒ぎには首を突っ込まない性分のクールビューティ…だったはずだが、

 “何の何の。結構 気が短いお人でもありましたよ。”

 かつての“生”で、彼らがまみえた とある合戦の終盤辺り。敵に生き残りがいたとして、その士気も挫くためにと、親玉だった紅蜘蛛との一騎打ちをと構えた、侍たちの惣領だった勘兵衛だったのに。形勢が傾き過ぎての危険と見るや、躊躇なく割って入った彼だったのは、

 “勘兵衛殿の危機を救うためというよりも、
  とっとと鳧をつけぬかと痺れを切らしたからだったんじゃないでしょか。”

 無為なことを手掛けるのを好かぬような、あくまでもクールなタイプに見せていたは見かけだけ。いやさ、こうまでの玲瓏透徹な風貌から、こちらが勝手にそうと思い込んでいただけなのかもと。そんなこんなを想いつつ、とはいえ、ぼんやりと見送っただけじゃあ済ませぬのが、こちら様もまた、かつての心得をまんま記憶に抱えて転生した身の お二人さんであり。久蔵のほっそりとした後ろ姿が刻む“つかつかつか…”が、どんどんと加速を増しての前傾姿勢になり、ミュールの足元も何のそのという駆け足になってゆくのを見送りながら、

 「大騒ぎにしちゃあいけない。」
 「うん。それこそが相手の狙いかも知れないしね。」
 「だから、シチさんはそれを吹くっ。」
 「え? あ、うんっ!」

 ひなげしさんが籐のバッグから取り出し、ほいと白百合様へ渡したのは…何の変哲もない、

 「…ホイッスル。」
 「そう、心置きなく吹いてください。」

 きっぱりと言い切った、そんな彼女は何をするのかと見やれば、その手へ持っていたのは…愛用の携帯電話。そこへガチャリと何やら取り付けた彼女が視線で急かすのへ促され、思い切りの力強く、

  ぴりぴりぴり、ぴぴいぃぃ〜〜〜〜〜っ、と。

 七郎次の吹き鳴らした笛の音が、小さめのショッピングモールのビル街に鳴り響き、それへとかぶさったのが、

 【 そこの騒動の大元たちっ、神妙にしなっ。
  人様に迷惑かける不良は片っ端からしょっぴくぞっ!】

 特別製のボイスチェンジャーだったらしくって。警察官による、拡声器を使った呼びかけのような、そんな響きをもって聞こえるような仕様になっており。しかも効果音と言いますか、背景には“う〜う〜う〜う〜”というパトカーのサイレンの音もついている周到さよ。ところが、

 『ぶぶー、残念でした。
  シチさんたら警察関係者が恋人なのに知らないんだ。』

 う〜う〜う〜う〜…というのは消防車のサイレンの音。パーポーパーポーが救急車で、都内のパトカーは“ファンファンファンファン”が定番ですよ? あ、でも交通課のミニパトは短く“ウ〜ウ〜ウ〜ッ”ってか、キュウウ〜ウ〜ウ〜って鳴らして注意を促したりもしますし、白バイは長々と伸ばす“ウ〜〜〜〜〜〜〜〜”ですがねと、お気楽に付け足したのは後日のお話。向こうさんもそこまでは慣れがなかったか、それとも暴走行為でこそ世話になってる“ウ〜〜〜〜〜〜〜〜”の方によしみが多かったものか。いかにもなサイレンと、いかにもな上から目線の“お縄を受けな”的大声へは、さすがに反応が早かった。乱入したそのまま、アンプから楽器から蹴り倒しての壊しまくろうとしたところへ。まずは得体の知れない、みら・じょぼびっちもどきの無表情な女が堂々と歩み寄って来て。問答無用で手前の輩ががっしと胸倉掴まれており。それを見て“何しやがる”と息巻きかけたところへの、ホイッスルとサイレンと来たもんだから、

 「ちっ、」
 「引くぞ、おら。」
 「だってよ。なあ、いいんかよ。」
 「しゃあねぇだろ…って、離せよ、ごら。」


  「なんだ、そのいいぐさは。(ど〜ん)




   「…………すいません。離してください。」




 さすがはボス……じゃあなくって。あんまり尺が長くなって来たので、この辺で続く。












NEXT


  *何だかまたぞろ、
   ややこしいお話を始めるらしいです、この人。


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